スピリチュアル・ジプシーの終わり

スピリチュアル・ジプシー、スピリチュアル・ショッピングという言葉があります。
あちらにアセンションする技があると聞くとそこに走り、しばらくすると「これは違う」と新しいセミナーやコミュニティへ移るということを繰り返すことです。

この中で、たくさんのお金を使うこともあるでしょう。

不安と焦りから、依存のような思いにもなるでしょう。

もちろん学びの道へ進み始めた時には、その道を先に進んでいる人から「智慧やコツ」「ヒント」を得てください。

自分だけで進むには「長く暗い迷路の道」も、先人の「智慧」を携えて進むことでどこへ向かえば良いのか光が示してくれるのです。

わたし自身のことを言うと、わたしは「統合」というメソッドのみに集中してきました。

もちろん友人の誘いなどもあり、時々楽しそうなセミナーなどには行ったことはありますが「源の意識を思い出す」という「統合」以外は、どれもしっくりこなかったのです。

「ドラゴンと繋がる、マスターになる、引き寄せの法則、女神になる、ミカエルや大天使と繋がる」スピリチュアルの世界にはありとあらゆる手法やツールがあります。

どんなに「ドラゴンや大天使」と繋がっても、わたしの中に、「怒り、偏見、ジャッジ、嫉妬」というものがあれば覚醒することはないのです。

「人間だから統合をしていても、怒っても良い」という考え方もありますが、怒るというのには「自分の中の、これはこうあるべき」という「自分のルール」があります。

相手には相手の「学び」があります。

わたしがそこで何かひっかかったなら、それはわたしの中に、まだ「相手をコントロールしたい」という思いがあるということです。

「怒っても良いんだよ、人間だから」とそこから逃げるのではなく、「わたしの中でひっかかる何か」をしっかり見て、「本質の愛」へと「変容」させていくことがわたしには「1番しっくり」ときます。

「最終的にエゴの自分をハイヤーセルフへ包括すること」で「自分の中の無償の愛や、真実の許し」の意味がひも解かれるのです。

つまり、人から聞いて憶えたものではなく、自分自身の力で「自分の真実を掴み取る」ことが「目醒めの第1歩」です。

あちらへ、こちらへとジプシーをしている時はもう終わりました。

あなたは長い年月をかけてなんのために学んできたのでしょうか。

それは「スピリチュアルという趣味」ではなかったはずです。

あなたが目指していたのは「本質のパワフルな、無償の愛としてのあなたでここに姿を現す」ことです。

準備は整いました。

あなたの翼をあなたの手で広げる時が、目の前にきています。

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